dechi

fictions

Flash fiction

037.虫の羽音

そういえば週末だった。賑やかな声がここまで聞こえる。家から通りに出るまでに、綿菓子機の中のように細い糸を見えない糸を巻き付けながら、やってきたような気分だ。

036.時空を超えて

確かに飲み過ぎた。でもまだ2次会なのに、みんなでタクシーに押し込めるとはどういう了見だ。僕が主賓だぞ。気に食わないので、街を少し走っただけで、すぐ降ろしてもらった。お釣りもちゃんともらった、ような気がする。

034.一番星

耳鳴りはしばらくしておさまった。よっぽど具合が悪かったのだろう。贅沢でもして自分をねぎらいたいが、もう今日は何もしたくない。

033.事務所にて

誰かが階段を上がってくる。音楽を止めると、現れたのは辺見さんだった。

032.そぞろ歩き

ぼんやりとした陽の光で、遠くの空が白くみえる。

031.ほうれん草

課長は昨日からの二日酔いで、僕が隣に立っても気づかない。

030.うごけない

そろそろかな、と思ってしまうと、もう、ひんやりした風を足先に感じている。

029.防護壁

だめだ。角煮だ。角煮しかない。昨日の時点でのバックアップをコピーしながら思った。

028.メモをとる

あわてて廊下に来てから、電話に出た。「もしもし?」白木さんからだった。謄本をもう1社分取って欲しいとのこと。

027.いつも通りの

通り過ぎていく雲の中から、冷たい破片が降ってきて、やがて目を開けていられなくなる。うん。 それでその里には、太郎やら次郎やらの子ども達が眠っていて、うん。 静かな夜をもっと静かにして、記憶は降り積もって厚い層になっていく。

026.凍った雲

静かに玄関の鍵を閉めて、静かに階段を降りて、通りに出る。 水銀灯はもう消えている。

025.夜に舞う

送信。ああ、送信してしまった。 思わず携帯をベッドに放る。 少なくとも、返事が来るまでは起きていなくては。 何をして過ごそう。

024.旅先で

荷物を部屋に置き、外に出たところで、ようやく一息ついた。 「何食べたい?」「いや、何でもいけます」

023.割れた人形

慌てて腕を引っ込めて、カラーボックスを持ち上げて、壁とのすきまを大きくあけて(最初からそうすればよかった)何が落ちたのかを確かめた。

022.食堂にて

珍しく真野が社員食堂に来ていたので、順番待ちをしながら声をかけた。

021.朝の身支度

コーヒーはまだ熱くて飲めない。ピーナッツバターを載せて、トーストを角からかじる。 朝刊を片手で卓に広げる。

020.夜だけの喫茶店

扉の鈴が小さく鳴って、たぶん、また一人出て行った。 冷めたココアに口をつけて、続きを読み始める。備え付けの毛布を少し引き上げる。

019.マンドラゴラ

ごくたまに、真夜中にすごい叫び声がして、目が覚めて、それが夢だと気づく。

018.仲間たち

「もう、話はじめちゃう?」と木村が言ったが、三好が来ていない。角野は目の前のシーザーサラダに夢中だ。「そんなに好きなのか野菜が」「わからん」口からレタスがはみ出ている。

017.梨

玄関にあった梨を掴んで、スーツのまま流しに立つ。 プラスチックのまな板を水洗いして、梨も水で洗って、その上に置く。 お椀を用意して、包丁を取り出す。力を込めて、梨を縦に真っ二つにする。

016.行動力

この世に1人で取り残されたようだ。外は雨で、教室には誰もいない。 俺はさっきからずっと思いつくままにノートに言葉を書き殴っている。

015.時間の皮を

外は暗くなってきて、私は部屋の電気を付けた。 もう一度椅子に座り直して、息を吸って、吐いて、それから、ゆっくりと線を書き足した。 鉛筆の先を目で追うことで、一瞬前の位置から、まっすぐ下に伸ばしていくこと。 子供用の安物だけど、ほどよく粗くて、…

014.雨にも歩けば

折りたたみの傘でも、無いよりはマシだった。古本は買わないで正解か。汚れたりすると良くない。 ちょみは穏やかに歩いていて、時折振り向いたりするのがリード越しにわかる。もうお互いにいい歳なので、カミナリが近かったり、美人が雨に濡れつつ走っていた…

013.ライデイン

回送のバスが横切って、信号は青になる。車通りは少なくて、やけにヒールの音が響く。 達樹は徹夜明けなのだろう、メッセージが既読にならない。夕方に顔を出そうか、でも一度事務所を出ると戻るのが億劫で悩む。

012.朝の徒競走

炊飯器から蒸気の音が止んだ。炊きあがりを知らせる電子音。「きらきらひかる、おそらのほしよ」のメロディで、私の一日が始まる。トイレ、手を洗い、テレビを付ける。

011.ESP

これが社会の何に役に立つのか。それはこのレポート作成と同じことだ。もう30分も同じ体勢でいた。と思ったら10分しか経っていなかった。

010. 今度恋に落ちるときは

禁煙席は通りに面した窓側で、いつも奥から3番目の席に案内される。 ご注文が決まりましたら、そちらのボタンでお呼びください。と言って店員の女性は厨房へ戻り、僕らとメニューと、水2つがテーブルに残った。

009.大通りの音楽

結局、今日もワニが来るまで3人で騒いでて、外に出るともう真っ暗で、雲が低くて街の明かりでちょっとオレンジ色になってた。 「難しすぎるんだよね、曲が」「ポン子めっちゃ推してたし」「ナメてたすみません」「ほんとよ」チャリをこぎ出して、さっきの話…

008.森の王

蛍の光、窓の雪、 書読む月日、重ねつゝ、

007.塾に行く途中

「あれ、珍しい。お母さんは?」と言いながら、沙綾は車のドアを閉めた。 「利用者さんの家族と話し合いがあるとかで」「そっか」 車を走らせると、沙綾はランドセルを脇に放って、運転席のシートにくっついて僕に訊いてきた。 「あのさ授業でさ、先生がさ、…